2009年06月24日

電波望遠鏡

電波望遠鏡(でんぱぼうえんきょう 英:radio telescope)とは、可視光線を集光して天体を観測する一般の光学望遠鏡に対して、電波を収束させて天体を観測する装置の総称。これを専門に用いる電波天文学という分野がある。

電波望遠鏡は、光学望遠鏡では観測できない波長の電磁波を広く観測することができる。可視光を放射しない星間ガス等を観測するのに有力である。

電波望遠鏡は電波を受信する大型の回転放物面のアンテナ(パラボラアンテナ)と、電波を増幅・検出する受信機、データを解析・記録するコンピュータなどから構成されている。電波は可視光に比べて微弱で、また波長が長いために分解能が低いので、アンテナの口径は光学望遠鏡に比して数倍から数十倍もの巨大なものが主流である。また、小さなアンテナを多数配置し、開口合成アンテナ(干渉計)となっているタイプもある。
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可視光線を集光する光学望遠鏡では、レンズを利用して光を屈折させて集光する方法(屈折望遠鏡)と反射鏡を利用して光を集光する方法(反射望遠鏡)が利用されている。それに対して電波は収束できるほど屈折させることは困難なため、電波望遠鏡では反射による方法だけが利用されている。アンテナの材質については、すべての金属は電波を反射するので、どのような金属でも反射鏡の素材になりうる。しかし、反射鏡の形状は回転放物面から波長の1/4程度以下のずれであることが必要である。そして電波望遠鏡は直径数十mにもなる大型のものが多いため、それ自身の重さで形が歪むことが無視できない。そこで反射鏡には歪みをなるべく減らすためにアルミニウムのような軽い金属が主に使用される。初期には構造体が木製のアンテナも製作されていた。

また、電磁波はその波長よりも小さい隙間が金属面にあいていても透過せず、反射される性質がある。これを利用して、複数の隙間のあるパネルを組み合わせて鏡面を構成したり、そのパネルに穴を開けたりすることでさらに軽量化を図ることが可能である。また、波長が長い電波を観測する場合には金網のような鏡面でも問題ない。

2009年06月09日

皇居と東京駅に挟まれた丸の内地区一帯

皇居と東京駅に挟まれた丸の内地区一帯のオフィスビルはその多くが駐留する連合国軍によって接収され、このうち総司令部本部は第一生命館に置かれた。マッカーサー用の机は石坂泰三のものをそのまま使用した。
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皇居を見下ろす形で堀沿いに建てられた第一生命館に本部を置くことは、連合国軍が天皇のさらに上に君臨するという政治的意図が込められている(実際にはその立地上、連合国軍による本社ビル接収を免れないことを承知していた第一生命が、総司令部に利用されれば丁寧に使われ、将来の接収解除後にも建物をそのまま利用できるという目論見から、積極的に総司令部として利用して欲しいと差し出したという記録がある)。実は東京大学(本郷キャンパス)が司令部として接収されかけたが、時の内田祥三総長が抵抗してやめさせた(「文藝春秋」より)。

なお、当時の日本政府及び日本の報道機関は連合国軍を「進駐軍(しんちゅうぐん)」と呼ばせられ、占領に対する否定的なイメージの払拭に努めさせられた [4]。

連合国軍とはいっても、その多くの職員はアメリカ合衆国軍人とアメリカの民間人で構成されていた。連合国軍最高司令官総司令部は、軍事部門である参謀部と専門部局である幕僚部から組織された。

参謀部
参謀第1部(G1 人事担当)
参謀第2部(G2 情報担当)プレスコードの実施を担当
参謀第3部(G3 作戦担当)
参謀第4部(G4 後方担当)
※特に諜報・保安・検閲を任務とする第2部(G2)が大きな発言権をもっていた。占領中に起きた数々の怪事件は、G2とその下にあったいくつもの特務機関(キャノン機関など)が関与したとも囁かれている。
幕僚部
民政局(GS:Government Section 政治行政)
経済科学局(ESS:Economic & Scientific Section 財閥解体など)
民間情報教育局(CIE:Civil Information & Educational Section 教育改革など)
天然資源局(NRS:Natural Resources Section 農地改革など)
※特に民政局(GS)が「非軍事化・民主化」政策の主導権をもっていたが、GSにはルーズベルト政権下でニューディール政策に携わっていた者が多数配属されており、日本の機構改造のために活動した。上記は中枢部分で、1946年1月段階では11部局、最終的には14部局まで拡大している。また、GSとG2が日本の運営を巡って対立。GSが片山・芦田両内閣を、G2が吉田内閣を支えており、政権交代や昭和電工事件の要因にはGSとG2の闘争があったとも言われる。逆コース以後は国務省の後押しもありG2の力が増した。

2009年06月06日

関東管領(かんとうかんれい)は

関東管領(かんとうかんれい)は、南北朝時代から室町時代に、室町幕府が設置した鎌倉府の鎌倉公方を補佐するために設置した役職名である。当初は関東執事(かんとうしつじ)と呼ばれていた。鎌倉公方の下部組織でありながら、任命権等は将軍にあった。

鎌倉府は、足利尊氏が嫡男の足利義詮を鎌倉から京へ呼び戻し、代わりに亀若丸(足利基氏)を関東統治のために派遣したのがはじまりで、幼い基氏を補佐するために執事と呼ばれる補佐を置いた。京にも将軍を補佐する執事(後の管領)が存在したため、これと区別するために「関東執事」と呼ばれた。当初は2人指導体制で、上杉憲顕、斯波家長、次いで高師冬、畠山国清らが任じられる。関東執事は、初期においては斯波氏、畠山氏が就任していたが次第に上杉氏に独占されていき。最終的には、上杉氏が世襲していくことになる。また、上杉氏は上野、伊豆の守護も担っていた。

直義方であった憲顕は失脚して越後国で引退するが、1362年に基氏が願って復職した後に関東管領と呼ばれるようになる。憲顕は当初北関東を管理していた。基氏の急死後の1368年、武蔵平一揆の乱を鎮圧し、南関東の鎌倉公方の直轄領をも管理下に収めた。応永6年(1399年)に足利義満に挑発されて大内義弘が挙兵した応永の乱では、上杉憲定は義弘に呼応して挙兵しようとした足利満兼を諫言した。以後は山内上杉家、犬懸上杉家が独占し、1417年に犬懸上杉氏憲が滅亡すると山内上杉家の世襲となる。

主には、支配地域の守護及び地頭の管理に当たっていた。武蔵守護も兼任し、関東一円の武士を掌握し次第に、鎌倉府以上の力を持つようになり鎌倉公方と対立していくことになる。

1439年に第4代鎌倉公方足利持氏が将軍足利義教と対立すると、管領上杉憲実は持氏を諌めるが、自身が暗殺される風説が流れると、管領職を辞して上野国(群馬県)に逃れ、憲実追討のために持氏が兵を起すと武蔵国府中に陣を構え、幕府と連合して持氏を自害させ鎌倉府を滅亡させるまでに至る(永享の乱)。その後下総の結城氏などが持氏の遺児を奉じて結城合戦と呼ばれる反乱を起こすと、鎮定に協力するために復職する。その後は1447年の鎌倉府再興まで東国支配を関東管領が受け持つことになる。再興後も鎌倉府と関東管領の対立は続き、持氏の子足利成氏が鎌倉公方となると、1454年に成氏は管領上杉憲忠を謀殺する。成氏が幕府から派遣された今川範忠に鎌倉府を追われると、成氏は古河を座所とする(享徳の乱)。古河公方と名乗った成氏と関東管領上杉顕定の間で和解が成立するのは28年後の事であった。なお、この乱の最中に足利政知が新たに堀越公方として関東に下るがこの際に政知の補佐役として上杉教朝・渋川義鏡が任命され、関東管領と区別するためにその旧称である「関東執事」が一時的に復活している。だが、この間に庶流の扇谷上杉家が山内上杉家に迫る勢力を得た事から、1487年に顕定が扇谷上杉家討伐を開始する(長享の乱)。18年続いたこの戦いは顕定の勝利に終わったが、通算して50年にわたった戦乱で関東はすっかり荒廃した上に、扇谷上杉家が堀越公方を攻め滅ぼした伊勢宗瑞(北条早雲)を関東に招き入れた事によって後北条氏の台頭のきっかけを作ってしまう。
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16世紀に入って後北条氏は関東中心部へと勢力を拡大していくが、山内上杉家は2度にわたる家督争いによって自ら勢力を後退させていき、1546年河越夜戦において古河公方足利晴氏、関東管領上杉憲政、扇谷上杉朝定連合軍が北条氏康に敗北すると、古河公方、山内上杉氏はともに没落する。上杉憲政はついに関東を放棄し領国から常陸国の佐竹氏のもとに向い当時、常陸国に勢力を拡大して勢いに乗る佐竹義昭に、関東管領職と上杉氏の家名を継承してもらう代わりに保護を求めたという(以前佐竹氏には上杉氏から養子を迎えて家督を継がせた経緯があった)。しかし、佐竹義昭は管領職にこそ魅力を感じたようだが、清和源氏の末裔としての佐竹氏の誇りからか、上杉氏の家名を継承する気にはなれず、これを拒否したという。その後、上杉憲政は常陸国から越後国に向い、もとは家臣筋であり外戚でもあった越後長尾氏を頼った。1561年に上杉憲政は山内上杉家の家督と関東管領の職を、越後三条長尾家の長尾景虎(後の上杉謙信)に譲った。景虎はこのとき名を上杉政虎(後に輝虎・法名は(謙信))と改める。

しかし、すでに関東管領は実質的には機能しておらず輝虎の死をもって終焉を迎える。

武田氏滅亡後の上野国に入った滝川一益は関東管領の機能を期待されたとも言われており、研究者の中には一益が実際に関東管領に就任していたという者もいるが、信憑性には疑問も多くはっきりしていない。

2009年04月22日

スローライフ

スローライフ(Slow Life)とは、生活様式に関する思想の一つで、地産地消や歩行型社会を目指す生活様式を指す。日本ではスローフードが拡大解釈されて浸透した言葉。

1990年頃のバブル経済の時期に、ファストフードに代表される大量生産・高速型のライフスタイルや、モータリゼーションの進展による都市の郊外化が進んで行った。これに伴い、全国各地には郊外型ショッピングセンターやロードサイドショップが急増し、中心市街地の空洞化(ドーナツ化現象)やスプロール現象が進行している。その結果、地方都市が画一的な様相を呈する傾向にある。

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これに対して、有機農産物や地元産の農産物が奨励されたり(地産地消運動)、沈着型でゆっくりした生活様式を唱える動きが出たりするようになった。これをまちづくりに応用した思想は、「ニューアーバニズム」とも言われている。

日本では、掛川市、高知市、岐阜市といった中小の地方都市が、「スローライフ」を宣言している。テレビ番組では、『ザ!鉄腕!DASH!!』の「DASH村」にこの発想が見られており、福島県浜通り北部に根ざした生活様式を実践している。

三重県では、NPO法人三重スローライフ協会が3年くらい前に発足した。三重大学名誉教授の大原興太郎が理事長となって、活動を続けている。機関紙は「スローなニュースレター」を発行し、活動の報告や交流を進めている。

2009年04月19日

バビロン

バビロンはメソポタミア地方の古代都市。市域はバグダードの南方約90kmの地点にユーフラテス川をまたいで広がる。語義はアッカド語のバビリムBab-ilim(神の門)に由来し、マルドゥクを守護神とした。ウル第3王朝崩壊後のイシン・ラルサ時代の群雄割拠をこの都市に開かれたバビロン第1王朝第6代の王ハンムラビが制して以後、メソポタミア下流域の重要都市として浮上した。これ以後のメソポタミア下流域、すなわちシュメールとアッカドの地を、ギリシア語で「バビロンの地」を意味するバビロニアの地名で呼ぶ。

都市バビロンの記録は前3千年紀末に登場する。ここにアムル人がバビロン第1王朝を建設し、前18世紀に第6代の王ハンムラビがメソポタミアを統一した。

その後、カッシートやアッシリア帝国などの支配を経るが、一貫してメソポタミア地方の中心であった。貿易の商工業の中心であり、物資集積場であった。紀元前600年代の新バビロニア王国時代になって、その首都となるとイシュタル門や、今でも謎を残す空中庭園などの建造物が作られ、オリエント有数の大都会として栄えた。しかし、新バビロニアがアケメネス朝ペルシア王国に滅ぼされ、ペルシャの一都市となってからはその重要性が低下。度重なる洪水などによって破壊され、やがては大都市の面影をとどめないさびしい土地となってしまった。
ブロース フィンガ チボウ ハロゲン アゴニスト リバタ シェル ハーフ あまおう スカム シャーク ステコミ ジャブ ブレー スリー フィッシュ ポプラ ロユリ ランブル さとち マリン マンディー プラク ヒール ルノー リスト ドオオ ヒット ダンス にしなり ブール マレー ビアン ハイタッチ デッキ エイド タグ最強 ホップ ラッチ サブリ ジェイリ タバスコ ワンダン ステーキ 恋人たち プレス オフィス レイシズ とまや バージャケ

その後、ペルシア王国を滅ぼしたアレクサンドロス大王がここを都としたが、紀元前323年のバビロンでの彼の死に伴ってバビロン会議が開催され、彼の遺将たち(ディアドコイ)によって権力と所領の分割協定が結ばれた。しかし、やがてディアドコイ戦争が勃発し、紆余曲折を経てディアドコイ一人セレウコス1世がバビロンとアジアの大部分の支配者となり、紀元前312年にセレウコス朝を開いた。しかし、幾人かの王の中興があったものの彼の時代をピークにセレウコス王朝は次第に領土を喪失していき、紀元前130年代にバビロンを含むバビロニアをパルティア王国に奪われた。

この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。

ユダヤ教・キリスト教における伝承と位置づけ
旧約聖書創世記ではバベルと表記され、バベルの塔の伝承にて混乱(バラル)を語源とすると伝える。創世記10章第2節によると、ノアの子ハムの子孫である地上で最初の勇士ニムロド(ニムロデ)の王国の主な町が、シンアルの地にあったバベル、ウルク、アッカドであったという。この直後の創世記11章がバベルの塔の伝承であり、ここで東方からシンアルの地へ移住した人々による都市バベル及びバベルの塔の建設が述べられているため、この建設事業をニムロドに帰する神学解釈がある。

新バビロニア王国時代のバビロンと周辺の数箇所の都市には、滅ぼされたユダ王国の指導者層が強制移住(バビロン捕囚)させられ、この事件がそれまで神殿宗教であったヤハヴェ信仰をユダヤ教に脱皮成長させる大きな契機となり、ひいてはユダヤ人の民族形成史上、大きな役割を果たした。

また、イラクにおけるユダヤ人コミュニティーの起源ともなったが、このようにユダヤ教の成立過程に深く関わったバビロンはユダヤ教やその系譜を引くキリスト教といったヤハヴェ信仰の一神教において正義の対抗概念のイメージを背負わされており、さらにイザヤ書とエレミヤ書の預言と新約聖書のヨハネの黙示録の故事から、ヨーロッパなどのキリスト教文化圏においては退廃した都市の象徴として扱われることが多い。

宗教
50以上の神殿があり、主神はマルドゥク。他にも三位一体で黄道帯の支配者であるシン(月)、シャマシュ(太陽)、イシュタル(金星)などが祀られていた。

都市の構造
二重構造の城壁で囲まれており、内側の塁壁は二列に並んでいて内側の壁は厚さ6.5メートル、外側の壁は厚さ約3.5メートルでその外には南と北にユーフラテス川から水を引いた堀があり、城門が八つあったという。またネブカドネザル2世によって付け加えられた外側の塁壁も二列に並んでいて、内側の壁の厚さは約7メートルあった。東部にはもう一組の二重城壁があった。いくつかの門から市内に街路が通っていて、主要な大通りの行列道路は舗装され両側の壁は神々の象徴であるライオンや竜ムシュフシュの像で飾られた。

2009年04月04日

ダガー(dagger)

ダガー(dagger)とは全長10?30cm程度の諸刃の短剣。

なお日本では2008年の事件(後述)を契機に「ダガーナイフ」という呼び名が報道を中心に多用されているが、ナイフは汎用の刃物一般で、ダガーは武器としての刃物の形質を示すため、本項で扱われている短剣を示す場合には、単に「ダガー」と呼ぶのが正しい。
しかしダガーは一般に馴染みのない器物のため、大きさの類似からしばしばナイフと同一視される。

ダガーという呼び名は、古代ローマ帝国の時代に属州だったダキア地方(現在のルーマニアにあたる)の住民たちが使用していたことに由来する。日本刀の種類と比較すると小太刀・脇差より小さく、短刀や匕首、俗に言うドスなどに近いサイズである。

刺すことと投げるのに向く。小さいので人体の急所を的確に狙わないと致命傷を与えられないため、武器としての絶対的な威力はあまりない。とはいえ、中世のヨーロッパの騎士のようにプレートアーマーで徹底的に装甲された敵兵に致命傷を与える場合にはツーハンデッドソードやパイクなどを使うよりも、相手を地面に倒して装甲の隙間からダガーを突き刺す方が効率的だったため広く用いられた。

このような重装騎兵へのとどめ専用に進化したダガーがスティレットである。また重装騎兵に限らず戦場で致命傷を負った瀕死の負傷兵にとどめを刺して楽にしてやるために用いられたダガーは「ミセリコルディア」(Misericordia:とどめの短剣、慈悲の短剣)とも呼ばれる。

補助的に使用されることが多いが取り回しが容易く携帯にも向くため、初期の連射性の低い銃器を使用する銃兵等も所持していて、これが後の銃剣に発展し、第一次世界大戦における塹壕戦で多くの命を奪った。

近世ヨーロッパの剣術の中には利き手にレイピア等の軽量剣を、もう片方にダガーを持ちダガーで相手の剣を受け止めたり払ったりしながら利き手の剣を繰り出す物も存在する。この種の剣術はスペインとフランスで特に発展した。このような使用法を念頭に作られた防御用ダガーは特にマインゴーシュ、パリーイング・ダガーなどと呼ばれる。また相手の剣を挟み取ったり破壊することに特化したソードブレイカーも、こういった防具としてのダガーから発展したものである。

左手用のダガーの中には相手の剣を受け止めやすい三本刃のものや、鍔が剣を受け止めやすい形状になっているものも少なくない。

ルネッサンス期のイタリア各都市国家などのヨーロッパ諸国では、護身・装飾・食事用具(当時は食べ物をナイフやダガーで切り分け、手づかみやナイフ・ダガーで刺して食べる方法が主流であった)としてダガーを腰やブーツに差すなど見せる形で携帯することが流行した。

ダガーは専ら対人武器として作成されたものを指し、対してナイフは一般に多目的切断具である。対人戦闘を主目的としない場合には諸刃はあまり意味が無いので、日常的な用を足すための道具であるナイフは多くは刃は片側のみである。

ただし、諸刃状の刃物自体は旧石器時代から見られ、ダガー型のナイフは片側に別の刃付け(荒めに研いだり角度を変える等)を行うことで、鋭利な片側で繊細な作業を行い、荒い研ぎの側でロープをこすって切断するなど、1本で2種類の用途に仕様できるという利点もあり、ダイバーズナイフにはダガー型のものも多く見られる。特にプロユース(専門家が使う道具)のものでは、あらかじめ片側が鋸刃になっているものもみられる[1]。また緊急時には刃の向きを確認せずに使用できる。

ダガーは左右対称(シンメトリー)であることに関連して、観賞用ないしコレクション用のナイフの題材としても選択される。これら観賞用ないしコレクション用のナイフでは、実用性よりも装飾性を重視しているが、そういったナイフもナイフとしての基本的な機能を持っているか、その機能を持たせることが可能な場合もある。各国の伝統的な刃物はダガー状であることが多い。

日本国内において [編集]
日本では、いわゆる日本刀発達以前の青銅剣に諸刃のものが見られ、こと青銅が脆い金属であるために剣としてはあまり長くできず、上に挙げたケルトダガーのような短めのサイズのものも見られる。しかしその後、鉄器と鍛造技術の発達で重く長く折れ難い日本刀が主流となっていく過程で、地方の細工用包丁や槍鉋などの特殊工具を除き、諸刃の短剣は廃れてしまった。このため日本でダガーというと、専ら西欧の様式に基づく刀剣ないしナイフとみなされる。

前述のとおりダガーは、そのシンメトリー性から美術要素が見出され、ナイフコレクターやカスタムナイフ製作者筋の中に、一定の愛好者層も存在する。しかしながら、元々は対人殺傷用に作られたという点に変わりは無い。2008年に発生した秋葉原通り魔事件を契機として、事件で使用された殺傷性の高いダガーに対する規制を強化する動きが高まり、2008年11月28日に刃渡り5.5センチ以上の剣を所持禁止対象とする銃刀法改正案が国会で成立した。 なお、ダガーが問題視されたのはこれが初めてではなく、以前にダガーによる警官殺害事件や、それと同時期に海外旅行者により購入されたダガーが税関の持ち物検査で没収され、旅行者とトラブルになる事例が相次ぎ、警察関係者らと輸入業者が輸入基準について協議を行った。その結果、規定以上の刃渡りの場合は規定内の長さの部分まで鋸刃にした状態にし、「ダイバーズナイフ」という名目であればとりあえず許可されるとされ、その輸入品が武器か否かの判断は、実際に輸入許可に携わる税関担当者の裁量に任されるとされた。

なお銃器の規制に関しては世界で最も厳しい部類に入る日本だが、ナイフなど銃刀法規定未満の短い刃物に関しては比較的長い間、他先進国に比べあまり厳しくない規制であった事情も見出せる。諸外国には、サバイバルナイフやバタフライナイフのへの規制を設けているところもあり、ヌンチャクなどの護身用具にも規制が設けられている場合もあるが、日本国内では専ら有害玩具として地方教育委員会などが販売に制限を求めている(ただし強制ではない)場合もある。その所持においては、精々職務質問などの際に不審者の任意同行を求める理由にするなど以外では、販売にも所持にもこれといって制限は設けられていなかった。
なおこれを報じた産経新聞によれば、事件前より7県で18歳未満へのダガーの販売が禁止(有害玩具扱いなど)されていたが、同事件以降には12府県が同様の禁止へ、9県が規制を予定している模様であるという[2]。また、警察庁ではダガーを含め全ての諸刃の刃物を許可なく所持できなくする銃刀法改正法案を提出すること決めた[3]。

2009年1月5日 - 銃砲刀剣類所持等取締法の一部が改正後、施行され[4]、刃渡り5.5cm以上の剣(ダガーナイフなど両側に刃がついた刃物)は原則として所持が禁止された。またこれらは6か月後の2009年7月5日までに輸出または廃棄しなければならない。

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2009年03月20日

エルサレム総主教庁

エルサレム総主教庁(エルサレムそうしゅきょうちょう)は正教会の9つの総主教庁の一つ。古代5総主教座のひとつであるとともに、新約聖書「使徒行伝」 で初代教会とされるエルサレム教会につらなるキリスト教世界最古の歴史をもつ。

451年までエルサレムには正教の主教座が置かれていたが、カルケドン公会議でエルサレム主教に総主教の地位が認められたため、以後は総主教を名乗っている。 記録に残る最古のエルサレム総主教は62年のヤコブであり、これは伝承によれば「主の兄弟ヤコブ」と同一の人物である。イスラム教登場後、パレスチナがアラブ人に征服された後、イスラム教徒はエルサレムはこの地方におけるキリスト教の中心地でありエルサレム総主教がその指導者であると認識した。1099年、ローマ・カトリックによる十字軍はエルサレムに西方教会の司教を任じ、正教の主教をエルサレムから追放し、 1187年に到るまで正教のエルサレム総主教はコンスタンティノポリスに在住した。

今日ではエルサレム総主教庁はエルサレムの聖墳墓教会に置かれている。


エルサレム主教の一覧 (62年 - 451年) [編集]
義人イヤコフ (- 62年)
シメオン (クロパの子) (62 - 107年)
Justus I (???- 111年)
Zaccheus (???)
Tobias (???)
ベニヤミン1世 (???)
イオアン1世 (???)
マトフェイ1世 (???)
フィリップ (???)
Senecas (???)
Justus2世 (???)
レビイ(???)
エフレム (???)
イオシフ1世 (???)
イウダ (???- 134年)
マルコ (134 -???)
カッシアン (???)
Poplius (???)
マキシム (???)
ユリアン1世 (???)
Gaius1世 (???)
Symmachus (???)
Gaius II (???)
ユリアン2世 (???)
Capion (???)
マキシム2世 (???)
アントニン (???)
ウァレンス (???)
Dolichianus (???)
Narcissus(185年 - ???)
ディイ (???)
Germanion (???)
Gordius (???)
Narcissus(再任)(??? - 231年)
Alexander(231 - 251年)
Mazabanis(251-260年)
イメメイ(260-298年)
Zamudas(298-300年)
エルモン(300-314年)
マカリイ1世(314-333年)
マキシム3世(333-348年)
キリール1世(350-386年)
イオアン2世(386-417年)
プラウリイ(417-422年)
Iouvenalios (422-???)
アタナシイ1世 (???)
Martyrius (???)
Sallustius (???)
イリア1世 (???)
イオアン3世 (???)
月のかげ ラビオリ サターン ドレス りんね テクノ ブッシュ スパイダ オーバー ブイエ ふたり星 天下り カウント ターボト リフォ プロライツ ロデオ ワーク ション 雲水 会津か シルバ カマーバ バッファー デビット ガボンド ジャップ ティー あの町 スペア ポール ブイトール ローリング オートミー トルマ ビュー ワッフ セサミ ナビマス モチの木 へんぱ シャーマ アカウンテ ストーク ナレータ しちか ブリックス タンパ アカハラ ロケハン

エルサレム総主教の一覧 [編集]
ペトル(???-458年)
Macarics2世(552年、564-575年)
エウストキイ 552 ? 564)
イオアン4世 (575 ? 594)
アモス (594 ? 601)
イサアク (601 ? 609)
ザハリア(6091 - 632年)
モデスト(632 - 634)
ソフロニイ1世(634 - 638年)
 空位
アファナシイ2世(???-706年)
イオアン5世(706-735年)
フェオドル(745-770年)
イリア2世(770-797年)
ゲオルギイ(797-807年)
フォマ1世(807-820年)
ワシリイ(820-838年)
イオアン6世(838-842年)
セルギイ1世(842-844年)
ソロモン(855-860年)
フェオドシイ(862-878年)
イリア3世(878-907年)
ゲルギイ2世(908-911年)
レオンティ1世(912-929年)
アファナシイ1世(929-937年)
Christodolus(???-937年)
アガフォン(950-964年)
イオアン7世(964-966年)
Christodolus II(966-969年)
フォマ2世(969-978年)
イオシフ2世(980-983年)
Orestes(983-1005年)
フェオフィル1世(1012-1020年)
ニキフォル1世 (1020-???)
Joannichius (???-???)
ソフロニイ2世 (???-???)
エウフェミイ1世(1084年)
シモン2世(1084-1106年)
Savvas(1106-1156年)
イオアン8世(1106-1156年)
ニコライ (???-???)
イオアン9世(1156-1166年)
ニキフォル2世(1166-1170年)
レオンティ2世(1170-1190年)
ドシフェイ1世(???-1191年)
マルコ2世 (1191-???)
エウフェミイ2世(1223年頃)
アファナシイ2世(1224-1236年)
ソフロニイ3世 (1236-???)
グレゴリイ1世(???-1298年)
Thaddaeus(1298年)
アファナシイ3世(1313頃-1314年)
グレゴリイ2世(1322年)
ラザリ(1334頃-1368年)
アルセニイ(1344年)
ドロフェイ1世(1376-1417年)
フェオフィル2世(1417-1424年)
フェオファン1世(1424-1431年)
イオアキム (1431-???)
フェオファン2世(1450年)
アファナシイ4世 (1452-???)
イアコフ2世(1460年頃)
アウラアム(1468年)
グレゴリイ3世(1468-1493年)
マルコ3世(1503年)
ドロフェイ2世(1505頃-1537年)
ゲルマン(1537-1579年)
ソフロニイ4世(1579-1608年)
フェオファン3世(1608-1644年)
パイセイ(1645-1660年)
ネクタリイ1世(1660-1669年)
ドシフェイ2世(1669-1707年)
Chrysanthus(1707-1731年)
メレティイ(1731-1737年)
パルフェミィ(1737-1766年)
エフレム2世(1766-1771年)
ソフロニイ5世(1771-1775年)
アウラミイ(1775-1787年)
プロコピイ1世(1787-1788年)
アンフェム(1788-1808年)
ポリカルプ(1808-1827年)
アファナシイ5世(1827-1845年)
キリール2世(1845-1872年)
プロコピイ2世(1872-1875年)
イェロフェイ(1875-1882年)
ニコデム(1883-1890年)
ゲラシム(1891-1897年)
ダミアヌ(1897-1931年)
ティモフェイ(1935-1955年)
ベネディクト(1957-1980年)
ディオドル(1981-2000年)
イリネイ(2001-2005年)
フェオフィル3世(2005-)

2009年03月05日

パーン (ギリシア神話)

パーン(古典ギリシア語 Παν、Pan)は、ギリシア神話の神の一種である。アイギパーン(Αιγιπαν、Aigipan、「山羊のパーン」) とも呼ばれ、ローマ神話におけるファウヌス(Faunus)と同一視される。
日本語では、パンとも表記される。また意訳して、牧羊神、半獣神、牧神とも呼ばれる。

パーンは羊飼いと羊の群れを監視する神で、サテュロスと同じく四足獣のような臀部と脚部、山羊のような角をもつ(→獣人)。何者がパーンの親かは無数の伝承があり、どれが正しい、というものは存在しない。父親はゼウスともヘルメースともいわれる。母親はニンフであるといわれている。

実際には古形「パオーン、Παων、Paon」(「牧夫」の意、現代英語のpastureと同じ接頭辞)から名付けられたものだが、ギリシア語の「パン」(「全ての」の意)としばしば誤って同一視された結果、パーンの神は性格と名前が誘惑的なものと思われるようになった。

原初のパネース
さまざまな点でオルペウス教の創世神話に登場する原初の両性存在の神、プロートゴノス(Πρωτογονος、最初に生まれた者)あるいはパネース(Φανης、顕現する者)と同じものとも考えられた。この神は原初に卵より生まれた両性の神で、原初神エロースの別名で、みずからの娘ニュクス(夜)とのあいだに初原の神々、すなわち大地(ガイア)と天(ウーラノス)を生み出した存在である(Protogonus/Phanes)。また「全て」という意味からアレクサンドリアの神話学者、そしてストア派の哲学者たちによって「宇宙全ての神」であると解釈されるようにもなった。

パーンの語源と起源
パーンがテューポーンに襲われた際に上半身が山羊、下半身が魚の姿になって逃げたエピソードは有名であるが、この姿は低きは海底から高きは山の頂上まで(山羊は高山動物であるため)世界のあらゆるところに到達できるとされ、「全て」を意味する接頭語 Pan(汎)の語源となったともいわれている。

恐らく、言語上の誤解はホメーロス風諸神賛歌のなかの『パーン賛歌』(第19編)から始まったのだろう。『賛歌』によれば、パーンはドリュオプスの娘、あるいはニンフとヘルメースの間に生まれたが、山羊の脚、頭に二本の角を生やすという奇妙な姿をしていたため、母親は幼いパーンを置き去りにして逃げた。ヘルメースはパーンを野兎の皮でくるんで神々のもとへ運ぶと神々はみな喜んだ。しかし、なかでも特に喜んだのはディオニューソスだった。そして「全ての神々を喜ばす」として、そこから名前を得たのだという。

パーンには、少なくとも原インド・ヨーロッパ語族時代においてはもう一つの名前があり、ローマ神話でのファウヌス(下記)であると考えられる。あるいは印欧比較神話学的な観点からはインドの牧羊神プーシャン(Pū?án)と語源が共通しているという説もある。どちらにしても、パーンの血統をめぐる説がいくつもあることから、太古の神話的時代に遡る神であるに違いない。パーンがアルテミスに猟犬を与え、アポローンに予言の秘密を教えたというのが本当なら、他の自然の精霊と同じく、パーンはオリュンポス十二神よりも古いものにみえる。 パーンはもともとアルカディアの神であって、パーンの主な崇拝者もアルカディア人だった。アルカディアはギリシア人の居住地であったが、この地のギリシア人はポリスを形成せず、より古い時代の村落共同体的な牧民の生活を送っていたので、オリュンポスの神域がパーンのパトロンになった時、ポリス生活を送る先進地帯のギリシア人は彼らのことを蔑視していた。アルカディアの猟師たちは狩りに失敗した時、パーンの像を鞭打ったものである(テオクリトス vii. 107)。

パーンは人気のない所で、突然、混乱と恐怖をもたらすことがあった(「パニック(Panic)」)(panikon deima)。

復興ペイガニズム(Neopaganism)においてパーンは「角を持つ神」の典型として、神の元型の一つだった(→ケルヌンノス)。

パーンとニンフたち
パーンのトレードマークである笛に関わる有名な伝説がある。シューリンクス(Συριγξ、Syrinx)はアルカディアの野に住む美しいニンフだった。サテュロス他の森に住むものに愛されていたが、彼女は彼らを皆軽蔑していた。ある日狩りから彼女が帰ってくると、パーンに会った。彼女はパーンのお世辞を聞かずに逃げ出したが、パーンは川の土手まで追いかけて行って彼女を捕えた。水中のニンフに助けを求める余裕しかなく、パーンが手を触れた時、彼女は川辺の葦になった。風が葦を通り抜け、悲しげな旋律を鳴らした。パーンはニンフを讃え葦をいくたりか切り取ると楽器を作り「パンの笛」(パーンパイプ、パーンフルート、つまり古代ギリシア語でシューリンクス、Syrinx)と呼んだ。

エーコー(Ηχω、Ekho)は歌と踊りの上手なニンフであり、全ての男の愛情を軽蔑していた。好色な神であるパーンはこれに腹をたて、信者に彼女を殺させた。エーコーはバラバラにされ、世界中に散らばった。大地の女神ガイアがエーコーの肉片を受け取り、今もエーコーの声は他の者が話した最後の数語を繰り返している。エーコーとはギリシア語で、木霊を意味する。別の伝承では、はじめエーコーとパーンの間にはイアムベー(’Ιαμβη、Iambe)という娘がいた。

パーンはピテュス(Πιτυς、Pitys)というニンフにも惚れた。ピテュスは彼から逃げようと松の木になった。

山羊は性的な多産のシンボルであったが、パーンも性豪として有名であり、しばしばファルスを屹立させた姿で描かれる。ギリシア人はパーンがその魅力により、処女やダフニスのような羊飼いを誘惑するものと信じていた。シューリンクスとピテュスでしくじりはしたが、その後、ディオニューソスの女性崇拝者であるマイナデスをたらし込むことには成功し、乱痴気騒ぎの中で一人残らずものにした。これを達成するため、パーンは時に分身してパーン一族(Panes)となった(サテュロスを参照)。

パーンとアポローン
ある時、パーンは竪琴の神アポローンと音楽の技を競うことになった。トモーロス(Tmolus、山の神。オムパレーの夫)が審査員となった。パーンは笛を吹き、田舎じみた旋律はパーン自身とたまたま居合わせた追従者ミダスを大変満足させた。次いでアポローンが弦を奏でると、トモーロスは一聴、アポローンに軍配を上げたのである。ミダス以外の誰もが同意した。彼は異議を申し立て不公正じゃないかと糾した。アポローンはこのような下劣な耳にわずらわされないよう、彼の耳をロバのそれに変えてしまった(→マルシュアース)。

キリスト教文学や絵画に描かれるインキュバス(男性型夢魔)の悪魔風イメージ、サタンの角と割れた蹄のイメージは、大変に性的であるパーンのイメージから取ったものであろう。

偉大なるパーンは死せり
ギリシアの歴史家プルタルコスが『神託の堕落(;The Obsolescence of Oracles" (『モラリア』5:17))』に書いたことを信じるならば、パーンはギリシアの神々の中で唯一死んだ。ティベリウスの御代にパーンの死というニュースがタムス(Thamus)の元に届いた。彼はパクソイ諸島島経由でイタリアに向かう船の船員だったのだが、海上で神託を聞いた。「タムス、そこにおるか? Palodesに着いたなら、忘れず『パーンの大神は死したり』と宣告するのじゃ」と。その知らせは岸辺に不満と悲嘆をもたらした。

ロバート・グレイヴズは、『ギリシア神話』(The Greek Myths)の中でタムスは明らかに「 Thamus Pan-megas Tethnece」(全てにして偉大なるタンムズは死したり)を聞き誤ったのであると示唆している。実際、プルタルコスの後一世紀たった頃、地理家のパウサニアスがギリシアを旅した時、パーンを祀る祠や洞、聖なる山を尚もしばしば見た。
ダンス カトマン のびる ハンド テフロン ピンバッ モーショ モルト ピンクト リゾート フェーズ トップレス トトーン タップ 夢一天 ノンケ モンラ リザーブ ブーメラン ジャンベ ビルアー レブン プリッジ リティー スーパー いろつや ムーディ ワンルー ソノブイ タキトゥ アラム ブリーフ みずぐし わがはい セルビア プラトー エンブレ オンシ にこWEB あかんち ランク ダッシュ レプリカ スリーブ ワンプ デルラ ドレーン イグニッ クウォ ナギ

死が宣言されたにも関わらず、パーンは今日も復興ペイガニズムやウィッカ(Wicca)の間で男性の強さと性的能力の源泉として崇拝されている。

パーンはケネス・グレアムの児童文学作品『たのしい川べ』(The Wind in the Willows)とトム・ロビンズの小説『香水ジルバ』(Jitterbug Perfume)にも登場してくる。

ローマ神話: ファウヌス
ローマ神話でパーンに対応するのはFaunus(ファウヌス)である。ファウヌスはニンフのマリカ(Marīca)(時にファウヌスの母ともいわれる)との間にボナ・デア(Bona Dea. 本名は女神ファウナFaunaまたはファウラFaulaであるという。ファウヌスの女性側面)及びラティヌス(Latīnus)をもうけた父親として知られている。

ユスティノスはファウヌスをルペルクス(Lupercus「狼を遠ざけるもの」)即ち家畜の護衛者と同定しているが、この説は古典的典拠を欠く。

神話においては、ファウヌスはエウアンドロスがアルカディアから来たとき、ラティウム地方(Latium)の王で、ピクス王(Pīcus)とカネンス(Canēns)の子だった。死後にファトゥウス(Fātuus)神として崇拝された。儀式は神聖な森の中で行われ、現在のティヴォリ(Tivoli)、エトルリア時代以来ティブール(Tibur)、Tiburtine Sibylの座として知られていた地のはずれにその森はあった。ファウヌスは狼の皮と花冠、ゴブレットと共にあった。

彼の祭りはルペルカリア祭(Lupercālia)と呼ばれ、神殿が建立された日を記念して2月15日に行われた。司祭ルペルクスたち(Luperci)は山羊の皮を着、見物人を山羊皮のベルトで打った。ファウヌスを讃えるもう一つの祭りがあり、ファウナリア(Faunalia)という。12月5日に行われた。

2009年02月13日

ニュースキャスターではなく学生に変更

ニュースキャスターではなく学生に変更。具体的な年齢は他キャラ同様に伏せられているが、おそらくは原作よりも何歳か若返っていると思われる。素性に大幅な差異が生じている珍しいキャラクター。澪から制服を借り境町学園の生徒になりすまし、たくやと接触。実際には他校の生徒であり、本来の制服はデザインが異なる。デートクラブらしき施設に勤め、神奈とはバイト仲間。またそのデートクラブ集団(そこでバイトしている女子学生たち)の中ではリーダー格のような感じである。産業スパイなる裏の顔は原作に依拠。明言こそしないものの、「(何らかの秘密活動の)プロ」を自称し、暗躍している。変更点が多い割に性描写は見られず、「デラ=グラント」では彼女のみ再登場せず。
結城 正勝(ゆうき まさかつ)
性別:男
声:岩永哲哉
境町学園の2年生。不良にからまれている所をたくやに助けられて以来、たくやを強く慕っている。澪に好意を寄せており、アプローチを試みるがうまくいかない。
海岸において澪とたくやの会話をたまたま盗み聞きし澪の父が汚職に絡んでいることを知ると、翌日汚職を告発するビラを学校の掲示板に張る。澪はたくやを犯人と決め付け、失望する。恋敵を貶め、澪を我が物とすることが正勝の目的だった。しかし、告発に深く傷ついた澪はアメリカへの留学を決意する。驚いた正勝は自分の行為を大いに悔いるのであった。
ン新世紀 パートナ フコキ センター 真実の愛 オクシ ピンク バッハ マーケッ イスト バッテラ ショットバ レーシ ストラ パンク テレック オクシ スイッチ イエローサ バレル プノンペン 旅への扉 ロック しょうなん ベール スポイト こごみ グース ビンデ ロブス シャーレ リビエラ レーム ガクア スピン ラムネ カナキン トロポニン データフ ほろのべ マイセン テンポラリ きょうきょ ピングカー ザイソ ズロース プレート チュービ ンチェーン シラカン

豊富 秀夫(とよとみ ひでお)
性別:男
声:三木眞一郎
ジオ・テクニクスの社員。亜由美の部下。地質調査の現場監督を務める。
某社に自分を高く売り込むため、香織と結託して「超念石」の保存生成式を盗み出そうとする。しかし保存生成式は豊富の手が届かない所に隠されており、簡単には持ち出せない。亜由美に対して優しく接するのは、保存生成式が書かれた書類を彼女から入手するためだった。
アダルトアニメ版の設定
「デラ=グラント」にて再登場(元より「デラ=グラント」の生まれ)。香織と並んで素性変更が著しい。たくやの実母・恵子(ケイティア)の養子で尚且つ、たくやの妻・セーレスの義兄。ケイティアの実子であり、ケイティアの愛を一身に浴びケイティアを死に至らしめたたくやを憎悪。神帝傘下の兵士に命じ、「デラ=グラント」のたくやの住まいを襲撃。ユーノを強姦させ、セーレスを自殺へ追いやる。神帝の宮殿にてたくや殺害を謀り、逆襲されて死亡。原作における何らかの人物の役柄を兼任している訳ではなく、「デラ=グラント」での再登場後はアダルトアニメ版オリジナルキャラと呼んで差し支えない程の変身振り。
龍蔵寺 幸三(りゅうぞうじ こうぞう)
性別:男
声:大塚明夫
境町学園の学長。歴史学を専門とする。妻とは別居中。
400年周期の仮説に感銘を受け、広大を境町学園に招く。広大、由利香と共同で研究にあたり、『LEGACY』を記す。一時は広大や由利香に遅れを取るが、ある女性の学説に触れたことをきっかけに研究のレベルを飛躍的に向上させる。幸三はやがて彼女に恐怖を覚えることになる。
2ヶ月前、武家屋敷に引っ越す。本物の幸三はこの時すでに監禁されていた。助けを求めて屋敷の周囲を夜な夜な徘徊するが、頭と手足を奪われているため怪物と間違われてしまう。監禁したのは幸三に学問上の示唆を与えた、上述の女性である。彼女は幸三に成りすますと香織を雇い、結晶化された超念石をジオ・テクニクスから盗ませようとする。また広大の行方も追っており、篤に広大の足取りを追跡させる。
詳しくは異世界編の「龍蔵寺」を参照。
龍蔵寺 梅(りゅうぞうじ うめ)
性別:女
声:鈴木れい子
幸三の母。幸三の日記を読み、ある女性が彼に成りすましていることを知る。恐れをなした梅は痴呆症を装い、真実を第三者に伝えようとする。
今川 由利香(いまがわ ゆりか)
性別:女
物理学の博士号を持つ。境町の磁場と重力場が異常な値を示していることに注目し、広大、幸三と共に剣ノ岬の研究にあたる。リフレクター・デバイスを広大から預かり、機能の解析に尽力する。
剣ノ岬の地下に8000年前の遺跡が眠っていることを突きとめ探索を行うが、トラップにより命を落とす。
真理奈(まりな)
性別:女
声:西村ちなみ
ジオ・テクニクスの守衛を務める。勤務中にも関わらずテレビドラマに見入り、警備をおろそかにすることがある。キャラクターデザインを担当したのは田島直。
北条 篤(ほうじょう あつし)
性別:男
声:青野武
興信所の調査員。幸三の意向を受け、広大の行方を探る。神奈が広大に保護されていたことを知ると彼女に接近し、情報を引き出そうとする。対価を払うことで神奈とは2回、性的な関係を持った。
島津市長
性別:男
声:柳沢栄治
澪の父。名士であり、境町の市長を勤める。ジオ・テクニクスとの汚職が噂される。ショットガンの収集を趣味としている。
アダルトアニメ版の設定
第4幕のラスト近く、澪とのエンディングを迎えたシーンで声のみの登場。

異世界編
セーレス
性別:女
声:高橋美紀(SS版)寺田はるひ(アダルトアニメ版)
異世界に飛ばされたたくやが最初に出会った人間。言葉が話せない(話さない)がたくやの話す言葉は理解できるらしく身振りでコミュニケーションをとっていく。アイリアの死後、成り行きとはいえたくやと一緒に暮らすことになり徐々に愛を深めて行き、ユーノを出産することになる。儀式によって「デラ=グランティア」という神を体に降臨させるための巫女。帝都から来た兵士によって暴行され、連行されそうになった際に舌を噛んで自害する。本名は「ケアレス」と発音する。
アダルトアニメ版の設定
原作との差異が最も小さいキャラクター。絵里子、美月、神奈の手引きで都を脱出。その後、美月と合流し一定期間、彼女に保護された果てにたくやと出会う。
ユーノ
性別:女
声:こやまきみこ(SS版・アダルトアニメ版とも)
本作の最重要人物。たくやとセーレスとの間に生まれた女の子。名前は"You Know?"からたくやが命名。物語序盤に登場するものの、正体発覚やたくやとの交流は物語後半にてようやく為される。たくやと共に帝都へ向かう道中、神殿を訪れそこで帝都の兵士に連れ去られてしまう。その後帝都へ来たたくやと再会するがユーノは巫女として祭り上げられた挙句に洗脳され、たくやのことさえ忘れていた。その後洗脳が解けるが、事象の衝突を回避するためにグランティアとシンクロする儀式に身を委ねる。儀式前夜には実父たくやとの性交に及ぶ。
アダルトアニメ版の設定
最大の変更部分はたくやと生き別れ、強制的に巫女に祭り上げられて以後。原作では途中で洗脳が解けたくやとの再会を喜ぶが、アダルトアニメ版は最後の最後まで記憶が戻らず彼についても忘却したまま。ラストシーンにて、たくやの事を父ではなく一人の男として意識。ただし神奈と同じく近親相姦のシーンは存在しない。
アイリア
性別:女
声:勝生真沙子(エンディングのテロップでは「勝木-」と誤植されている)
「ボーダー」の警備をしている騎士。ボーダーより侵入した怪物からセーレスを守るために瀕死の重傷を負う。自分の死を悟った彼女はたくやにボーダーを警備する使命を託し、この世を去る。アマンダの姉。
クンクン
声:川上とも子
砂漠を越えてやってきたという、翼の生えた女性から託された子供。名前はクンクン鳴いているからという理由でユーノが命名。ユーノとはペットのような友達のような関係。トカゲに羽を生やしたような姿をしていたが、後に成長し母親と同じような姿になる。この世界ではノガルドと呼ばれる人間の食料となっている生物。たくやとユーノが帝都へ向かう際に森へ帰されるが、収容所でたくやと再会。その後たくやの前に成長した姿で現れ、たくやとアマンダを収容所から助け出す。2人を運ぶために力を使い果たし命を落とす際に、たくやのために自らの体を食糧として差し出す。
アマンダ
性別:女
声:三田ゆう子
神帝に反抗するレジスタンスのリーダーでアイリアの妹。帝都に捕まり収容所に入れられ、懲罰房でたくやと出会う。当初はたくやに反発していたが次第に惹かれるようになり、彼と関係を持つようになるが自分の事を巫女と勘違いした幸三によって次元の狭間へ落とされる。
神帝
亜由美の「デラ=グラント」での姿。セーレスを殺された復讐のためにやってきたたくやと出会い、「デラ=グラント」が元はたくや達がいた世界から切り離された世界であること、神・グランティアとは「デラ=グラント」を作り出した科学者で巫女とは彼女の意識を投影するための媒体であることを伝える。事象の衝突を避けようとするが、それを阻止しようとする幸三によって殺される。
エィッリィククワッドゥロッウ
校医の絵里子のもう一つの姿。たくやがもといた世界とも「デラ=グラント」とも違う別の次元から来た次元監査官で、幸三に化けていた思念体を捕まえるために「デラ=グラント」へ来たという。事象の衝突が起こり、2つの世界が消えてしまう可能性があることを伝える。
名前は単なる変な名前なのではなく、彼女の住む次元がたくやの住んでいた次元よりも言語レベルが遥かに発達している次元であるため、発音が複雑すぎて完全に聞き取れないためである。
龍蔵寺
幸三の姿を借りた思念体。絵里子の恋人・アーベルを殺した張本人で、絵里子から逃れるために事象の衝突をさせようと企む。
サラ
性別:女
声:高田由美
アマンダの友人。帝都で暮らしていたが、世界の終わりが近いとの噂から近衛兵の服装を手に入れて脱出。たくや達とは砂漠を越えて帝都へ向かう途中のオアシスで出会う。たくやへ帝都の情報を教えた後に別れる。豊満な肢体で性的に奔放なところがあり、近衛兵の服も「女の武器を使って手に入れた」と発言している。
バズク
性別:男
たくやが連れて来られた"聖なる石"の採掘場の強制労働者を仕切っている人間。人を痛めつけて屈服させることを楽しむサディスト。肥満体であり、たくやからはブタと呼ばれている(「デラ=グラント」にブタは存在しないが)。
女官(アダルトアニメ版)
性別:女
声:菊池由美・永瀬いくみ(永瀬江美弥)
デラ・グラントで神帝に使えている二人組(双子?)の女官。セーレスを連れ戻そうとする豊富と議論するものの結局話し合いにはならず、欲求不満の兵士達に2人揃って犯されてしまう。

2009年01月27日

X-32 (航空機)

統合打撃戦闘機(JSF:Joint Strike Fighter)計画に基づいて開発された、単発のステルス試作実験機(概念実証機)である。胴体内にミサイルを搭載し、水平尾翼を省略するなど特徴的な形状をしている。通常離着陸型のX-32Aと短距離離陸垂直着陸型のX-32Bの2機が試作された。

ロッキード社製X-35との比較試験の結果、2001年10月26日にエンジンや垂直離着陸でのデメリットなどを理由に不採用となった。しかし、今後新たな戦闘機や攻撃機の比較試験などで、再びX-32が投入されたり、X-32の改良型の開発がなされる可能性はある。
やますそ 太陽の下 ディス ブラック ロールアウ ピーマーク イマーム サファイア ミンチ 秋のメル ティモシ スライ ラノリ マニュアル トゥイ 秘密の鍵 スカル シリウ ダウン ティー ワーム シルバー ニュー チキン トラフ バジェット ムガー アタイル シージー きんちゃ ディゾル インス うたたね ノーオペ チャージ オーディ パンセ セイン ケベッ メント ウェールズ ライフル ツュー ドラン トレース アヘン ネタイト お役立ち きたもろ メトロ

開発経緯
ファイル:X-32 X-35 Cdp misc 004.jpg
X-32とX-35アメリカ空軍のF-16、アメリカ海軍・海兵隊のF/A-18A~D、アメリカ海兵隊とイギリス空軍・海軍のハリアーIIの後継機を1機種で統合する統合攻撃戦闘機(JSF:Joint Strike Fighter)計画が立案され、概念実証機の開発はボーイング社とロッキード社が担う事となった。開発に際し、2社には7億5000万ドルもの開発費が与えられた。

ボーイング社の概念実証機はX-32と名づけられ、通常離着陸機(CTOL機)[1]のX-32Aは2000年9月18日に初飛行を成功させる。短距離離陸垂直着陸機(STOVL機)のX-32Bは、2001年3月13日に初飛行を行った。2機はデモンストレーターとしてロッキード社製の概念実証機X-35との比較試験に投入され、試験は2001年7月まで行われた。比較の結果、2001年10月26日にX-35がJSFとして選定され、X-32は不採用に終わった。

X-32の不採用の理由について詳細は不明であるが、主に垂直離着陸の方法がハリアーなどの様な、ジェットエンジンの高温排気をスラスト・ベクトル・ノズルで下方へ噴射する方式を採用していた為[2]とされている。余談だが、このX-32は「格好悪い」などと軍のパイロット達には不評だった。

特徴
基本構造
ファイル:USAF X32 cdp boe manf 008.jpg
X-32AとX-32Bファイル:USAF X32 cdp boe misc 021.jpg
内部構造外見的な特徴として、水平尾翼の省略したデルタ翼機である点が挙げられる。これはステルス性向上を図った為の採用となった。ステルス性はX-35より良好であったと言われている。また、下部に巨大な空気取り入れ口があり、膨らんでいるのも特徴的である。巨大な空気取り入れ口が設けられたのは、短距離離着陸型が垂直離着陸を行う際に大量の空気を取り入れるためとされる。
主翼には炭素繊維複合材が用いられている。
将来的な部品共通率は、通常型(空軍型)、短距離離着陸型、艦載型の3タイプで85%前後とされた。
この他、前脚にはF-16の物を、キャノピーにはAV-8の物が流用されている。
エンジン
エンジンはP&WのF135ターボファンエンジンを搭載する。
垂直離着陸能力を有するX-32Bのエンジンは、 ハリアーやハリアーIIの様に、ジェットエンジンの排気を直接下に向ける事で離着陸を行う方式となっている。
乗員:1名
全長:50.77ft(15.47m)
翼長:36ft(10.97m)
全高:19.03ft(5.28m)
最大離陸重量:38,000lb(17,200kg)
エンジン:P&W F135 ターボファンエンジン(推力:26,000 lbf(117 kN)アフターバーナー時:35,000+ lbf(155.7+kN))
最大速度:マッハ1.6(1,200mph、1,931km/h)
武装
M61A2×1
AIM-120 AMRAAM×6