自然に存在する数多くの山や川、滝などのなかから特徴的な姿の抽象的表現を極限までつきつめると、石1つで山1つあるいは風景全体ひいては全宇宙を表すとされる盆石や水墨画などと同様に抽象美術としてみなされる。
夢想国師の作庭思想に強く影響を受けた足利義政は山水河原者・善阿弥を寵愛した。善阿弥が造った山水画風の睡蔭軒の小庭は『蔭涼軒日録』にて絶賛されているが、室町時代の作庭技術の発達には山水河原者が多く関与している。
のちには大名庭園においても一部用いられたが戦前には西洋から導入された抽象美学・芸術が日本の土着の抽象芸術を模索する姿勢をつくりだし、その視点から注目されていった。
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抽象芸術という観点から日本が世界に誇る庭園様式とみなされて世界に発信されていくが、西洋文化が求めた東洋の神秘的イメージに合致して世界的にも有名になり、装飾を廃して無駄をそぎ落としたストイシズムがモダニズムの美学、近代主義的なまなざしを受けて、日本を代表する庭園様式となる。
昭和初期おいて近代主義モダニズムに通じるその美学が注目されるに至り、重森三玲によって自身が作庭する庭園に用いて、昭和14年には京都東福寺方丈庭園にその端緒を採り入れる。